時の羅針盤・186

時の羅針盤・186

次元が変わる

高橋佳子


3つの次元を生きる

今年2019年も残すところ、あと4カ月──。結びに向かう、あなたの1年の歩みはいかがでしょうか。

私たちの日常生活には、数え切れないほどの事象が次から次に生じています。それはちょうど、水面に小石が投げ入れられてできる波紋のように、絶える間もなく、現れては消え、消えては現れながら、私たちの心を動かしてゆくものです。

多くの波紋はしばらくの後、自ずから消え去ってゆきますが、その中で、いくつかの波紋はすぐにはなくならずに、より大きな波紋となり、全体に影響を及ぼすものとなってゆきます。

日常に生じる様々な出来事もまた、その時々の私たちに大小の影響を与えながら、次から次へと現れては消えてゆくものです。その都度、心は快苦の振動に震えるかもしれません。ただ、翌日になれば、あるいは数日が過ぎれば、その多くは記憶の彼方に消えてしまうでしょう。

しかし、その中で消え去ることなく、私たちの心に残り続けるものがあります。いくつもの経験が事象と結びつきながら、人生を貫くようなテーマにつながってゆくものがあるのです。

そのような、テーマにつながる出会いや出来事があるということは、どういうことなのでしょうか。

「魂の学」(*1) は、私たちの周囲で生じている様々な事象、いろいろな現実を常に3つの次元で受けとめることを促しています。

あらゆる日々の出来事は、「現実」の次元に存在している事象であると同時に、私たちの「心」の次元とつながり、さらに「心」の深くに息づく願いや人生を通じたテーマにつながり、「魂」の次元とも結びついている──。

家族の中で生じる様々な困惑も、職場での試練も、それはただ「現実」の次元で生まれている事象であることにとどまらず、「心」と「魂」の次元に共鳴する響きを湛えている──。そのまなざしこそ、日々に生まれる無数の出来事から、人生の次元、「魂」の次元の物語を紡いでゆく力にほかなりません。

次元が変わる──物語が交代するとき

先日、音楽を聴いていて、私たちの人生に生まれる次元の交錯、潮の変わり目について、想いを巡らせることになりました。

現代音楽家のマックス・リヒター氏がヴィヴァルディの『四季』に基づいて再作曲した作品の冒頭の2曲──。合わせて3分ほどの短い曲です。春の季節の輝き──小鳥のさえずりや若葉の葉ずれの音、陽の光のきらめきのような弦楽の合奏から始まり、それが続く中で、最初はその語らいの奥に隠れていた低い響きの底流が、曲の進行につれて次第に浮かび上がり、やがて主たる流れになってゆく……。

その音楽の流れに耳を傾けながら、あたかも現象界に生起する様々な事象や出来事の底で、次元の異なる物語が同時に進行しているイメージを心に描いていました。そして、私たちの日常の物語と併行して高次の世界の響き=物語が生まれ、少しずつそれが成長し、あるとき突然のように現象の次元に姿を現すことを想ったのです。

そこから膨らんでいったのは、現象界と実在界の交錯であり、「現実」に現れてくる「魂」の次元、人生のテーマ──。

私たち人間は、五感を通じて世界を感じ取り、そこに生きてゆく存在です。「現実」と「心」を結びつけ、想いを重ねて人生の足跡を記してゆきます。

けれども、同時に、人は、「魂」という次元を抱いている存在なのです。現象の次元に生起する無数の出来事に翻弄されながら、その底に生まれてくる高次の響き、「魂」の次元の物語をキャッチして、それに応える力を抱いている存在です。

私たちの生活には、聞き慣れた日常の音があふれています。家庭の会話、テレビの音声、街角の喧噪、職場の会議の侃々諤々の議論……。私たちは、その音に一喜一憂を繰り返し、日々を送っています。

けれども、どんな人にも、そのありふれた音たちの底から、耳慣れない響きが私たちに近づいてくることがあるのです。最初は微かな音でしかなかったのに、次第に力強くなってゆくその音の流れを捉えて、それに応えて生きてゆくと、あるとき、それは私たちの日常の中心の流れになっている──。そのとき、私たちが生きる次元は大きく変わるのです。

2019.8.24

〈編集部註〉

*1 魂の学

「魂の学」とは、見える次元と見えない次元を1つにつないで人間の生き方を求めてゆく理論と実践の体系です。物質的な次元を扱う科学を代表とする「現象の学」に対して、物質的な次元と、それを超える、見えない「心」と「魂」の次元も合わせて包括的に扱おうとするのが「魂の学」です。それは、私自身の人間の探究と多くの方々の人生の歩みから見出された法則であり、「魂・心・現実」に対する全体的なまなざしによって、人間を見つめ、あらゆるものごとに応えてゆくことを願うものです。 (ご著書『最高の人生のつくり方』50ページより引用)